第72章 中尾さん、線を越えているよ

長谷川栞は言葉を失った。新しく入ったばかりのアシスタントが、なぜ自分に「心療内科に行ったほうがいい」などと言えるのか、理解できない。

たしかに最近、感情の波が少し荒い自覚はある。けれど、あれはただ――。

脳裏をよぎったのは、中野航平と、あの子の姿。

栞の瞳が、ひやりと冷える。

もう、手放したはずだ。

そっと腹に手を当てる。これからは、彼女だけの赤ちゃんがいる。

……

「中野社長、少々お待ちください」

取引先へ向かおうとした中野航平を、中尾美希が呼び止めた。

振り返ると、中尾は距離を詰め、彼のネクタイを見つめる。

「中野社長、ネクタイ……曲がってます」

そう言うや否や、彼...

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